割引率・・・え?明日の1万円を選んじゃうの?
「気になっていた商品が『大幅割引』されていた。」
「WEB上で事業者の価格を比較し、『割引率・割引額』が決め手になって選んだ。」
「長く売りに出されていた物件を最終的には○○%ほど割り引いててもらったので購入することにした。」
消費者にしてみれば購買・購入意欲を駆り立てられるこの「割引」という言葉なのですが、
事業者・経営者の立場からするといろいろ複雑な思いが浮かんでくる言葉だと思います。
「取引先に言われてしょうがなく割り引いた。」
「厳密な原価計算をしておらず、割引率はあてずっぽうだったので、実際には売れば売るほど赤字となっていた。」
「WEBでの競争相手と今日も割引額のしのぎを削っている。」
こうなるともう「しんどい!」「決算が心配」「資金繰りが・・・」という経営者の方の声が聞こえてきそうな気がします。
価格競争に巻き込まれてはいけない。
ブランド力をつけなければ。
付加価値を上げる必要がある。
省力化や付加価値の上昇を図ってなんとか競争への耐性を培っていく。
などと教科書通りのセオリーに従った説明をしてみたところで、一朝一夕に高い利幅や高付加価値商品の開発につながるわけではないことは百も承知だよということが多いので、最近は「別の」割引率の話をすることにしています。
「別の」割引率とは!?
行動経済学という学問において研究されているもので、「時間割引率」という考え方があります。
これはどういうお話かといいますと、「明日なら10,000円をもらえます。半年後なら130,000円、1年後なら230,000円をもらえるとした場合、あなたならいついくらもらいますか?」と聞かれたときにどう応えるのか?という話です。
「人生いつ終わるとも知れないんだから、明日の10000円でしょ!!」という人もいれば、
「たった半年待てば13万だし、1年待てば23万でしょ。急いでもらう理由もないし、1年後の23万がいいな。」という人もいるでしょう。
前者を「時間割引率が高い人」、後者を「時間割引率が低い人」と呼びます。
割引率の高い低いは図を使ったほうが分かり易いですね。
「1年後を選択される方に対して明日を選択される方は95.65%も割り引かれてしまっている!!」ということになります。(分かり易く見せていますが、実際の行動経済学における計算とは違います)
それに対して、1年後に230,000円をもらう方は、割引率0%ですから、前者は後者よりも割引率が高いということになるわけです。
初めてこの話を聞いたときは、
「面白い話だなぁ。お金に関する割引現在価値については勉強もしたし、お客様にも説明してきたけれど、時間の割引率とはなぁ。しかし、それに何の意味があるんだろう?」くらいにしか受け止めてませんでした。
ところが、ちょっと調べただけでも「これは意識しておくべき話」だと感じました。
なぜなら、それは単に少ない報酬を早くもらうのが良いか、遅くなるけれど多くの報酬をもらうのがよいかという「好み」の問題ではなく、「行動経済学」でありさらには「脳科学」にまで広がるお話だったからなんです。
時間割引率がもつ射程
先ほどの事例を少し意地悪?に変えてみると、、、
「1年後に15Kgほどダイエットして、健康かつイイ体になれる」「目の前にある大好きなチョコレートケーキを食べる」さてあなたはどちらを選びますか?
「5年後に1,000万円ためてキャッシュで高級外車を買う」「今日の昼食を3,980円のホテルのビュッフェでとる」あなたはどちらを選びますか?
というように置き換えることができます。
そこで割引率が高い人はいずれの事例でも後者を選択し、割引率が低い人は前者を選択します。
分かり易く言えば、ダイエットや貯蓄ができるかどうかにも影響があるってことです。実際には多重債務者の問題も生活習慣病の問題も、その射程に含まれているそうなんです。
そして、研究論文の中には、
「男性と女性という分け方をすれば男性の方が割引率が高い」
「未婚と既婚でいえば未婚の方が割引率が高い」
「年齢でいえば高いほうが割引率が高い」
「財産を持っているほうが割引率は低い」
「IQが高いほうが割引率は低い」
「自制力が高いほうが割引率は低い」
なんて結果も書かれていたりします(晝間文彦「アンケートによる時間割引率の背景要因に関する研究」早稲田商学第432号)。
そして、これらの結果は統計学的な分析だけではなく、自然科学的な裏付けも伴っている、つまり脳内の分泌物によって左右されている、、、、のだそうです。
特定の物質(セロトニン)が少ない人は衝動性が高く、時間割引率が高くなってしまう・・・・ということらしいです。
(他にも「符号効果(損失に関してはほとんど割り引かれないこと)に関する研究においてfMRIによる脳活動に差異がある」などの研究もあります。)
生物学的あるいは医学的に、そして経済学的にその傾向だとかの分析が進んできているそうなのですが、これと経営者に何の関係があるの?という話を次に書いています。
経営者と時間割引率
経営者にとって時間割引率の高低はそれだけではあまり意味のない話だと思います。将来の利益と目先の利益、どちらを選びますか?という問いを立てたところで、どちらも正解と成り得るからです。
ただし、自分の時間割引率に関する特性・傾向は押さえておくべきだと思います。
経営者にとっての時間割引率の問題を考える意義は利益の場面よりも「損失」の場面を考えるほうがよくわかります。
「何も手を施さなければ、1年後に300万円の損失を被ることが確実である」「今月中に作業をすればその損失は20万円で済む」どちらを選択しますか?という問いです。
おそらくほとんどの経営者は後者を選択するでしょう。ただし、後者を選択した全員が実行に移せるとは限りません。
「今月中、、、なら今日でなくても明日やればいい」「来週でも十分に間に合う」「なんだったら再来週でもいいんじゃないか」
これは自分に言い聞かせる意味も込めて書いているのですが、問いに対する答えは時間割引率に関しての特性を越えて正しく選択できても、いざ行動となるとなかなかこの特性の壁を越えられないことがあり得ます。
正解を選んでいるのだから大丈夫、やれば終わるから大丈夫、まだまだ間に合うから大丈夫、、、きっとそれは大丈夫ではありません。本当に大丈夫にするためには、その段取りを考えて行動に移すしかありません。
自分の特性を理解しておけば、割引率の低い人に相談したり、指南を受けたり、お尻を叩いてもらって、すぐに軌道修正をすることができます。
タネも仕掛けも理解した上で、一度周囲の人に質問してみて「時間割引率の低い人」を探し出しておくのもよいかもしれませんね。